いつもはなんとなく

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【読んでみた】「アウシュビッツの歯科医」

こんばんは。
早くも秋風ロスになりつつある ぽんすか星人です。
(朝ドラ見てない人にはわからんですね)

さて、今日は久しぶりの「読んでみた」ネタです。

以前こんな感じで本を一気にまとめ買いしたことがありまして

なかなか手がつけられなかったんですが、今は時間ができたので、この本を読んでみました。ここはその感想です。
ネタバレ的な内容も含まれていますので知りたくない方はまた後日よろしくどうぞ。

この悪夢はいつ終わるのか

内容はアマゾンの内容紹介から

命を救ってくれたのは、
別れぎわに母がわたしに持たせた
歯科治療用の小さな道具箱だった――

1941年、ポーランドの小さな村で暮らしていたユダヤ人の青年が強制収容所へ送られる。
歯科医の勉強を始めて1年目の彼に、母は歯の治療用具箱を持っていくよう強く勧めた。
その箱が、のちのち自分と家族の命を救うことになるとは、そのときは思いもしなかった――
飢餓とシラミに苦しめられた収容所生活、仲間の裏切りと拷問、家族の殺害、非ユダヤ人女性との恋、
収容者の遺体から金歯を抜き、SS司令官オットー・モルを治療する……
機転と知恵を働かせながら、信じがたいほどの試練をかいくぐって奇跡的に生きのびた著者の回顧録。

ということです。

これだけ見れば、文字通りの「芸は身を助ける」という話ですが、その彼でもってしても危機はいくつもありました。
出される食事が腐ったカブのスープだったり、別の収容所に移送される際に暑く狭い列車内に詰め込まれて何日間も耐えなければならなかったり、名前ではなく収容者番号で呼ばれるのが当たり前だったりと、人間ではなくモノとして扱ってるのがよくわかります。
平時であれば穏やかな余生を送れていたであろう大学教授が追い込まれて壮絶な最期を迎えるとか、そういう話がいくつも出て来ます。
「この悪夢は一体いつ終わるのか」
過酷な状況に置かれている彼らと同じように、読む側もそんな気持ちにさせられました。
なかなかの長編なのに、ほぼ1日で読み終わってしまったのは、もしかするとそんな気持ちもどこか手伝っていたのかも知れません。

信じるべきは神なのか人なのか

そのなかで読みすすめていくうちに「信ずるべきは神なのか人なのか」て思いがぐるぐる巡ってきました。
彼は父親とともに拘束され、収容所でともにひどい仕打ちを受けます。
信仰心の篤い父親は神の存在を信じ、この悪夢はいつか終わると息子に語っていましたが、粗末な食事と過酷な労働による衰弱のうえ、看守の暴力が追い討ちとなって命を落としてしまいます。
その一方、著者はさまざまな苦難に直面するたびに「神よ、何故あなたは我々にこのような試練を与えるのか」と問いかけ、次第に神を否定していきます。
そんな彼らを支配するナチス側にもさまざな人がいました。独裁者に対して見せかけだけの忠誠を見せる者、元々おだやかな性格の持ち主で内心差別主義に疑問を持つ者など、決して一枚岩ではありませんでした。そんな彼らが歯科医との利害関係や人種と関係ない信頼関係から著者に有利に働きかけたりするなど、神よりもそんな彼らと積極的に関わることによって生きながらえたのはなんだか皮肉でもあります。

しかし、その著者も戦後しだいに信仰心を取り戻し、かつての神への非礼を心から詫びるようになり、のちにユダヤ教徒の娘と結婚して新生活をスタートさせるところで回顧録は終わります。
「わたしは生まれるべき時代も場所も宗教も間違えてしまった(第2章より)」と語っていた著者が結局はその神の教えを捨てなかった。
それはなぜなのか。
その辺りがまだピンと来ないので、今度はその視点から読み直してみるのもいいかも知れません。

と、なんとなく感じたことを綴ってみましたが、訳者の解説にもあるようにホロコーストに対して初めて触れる読み物としては十分いいと思います。

アウシュヴィッツの歯科医

アウシュヴィッツの歯科医