いつもはなんとなく

日々のできごと、気になったものごとをゆるゆる書いてるブログです。

6月18日から一週間

こんばんは。

今日あたりADHD検査の結果が出てるのですが、真夏日で外に出る気力をなくした ぽんすか星人です。

あの地震から早いもので一週間経ちました。
私の住んでるエリアでは、幸い大きな余震もなく、ほんとに静かな月曜日を迎えました。
というか、静かすぎて、なんだか現実味が薄れて来そうな気もしているので、そういえば下書きのままにしていたのを書き足してアップします。


朝ドラを見る前に顔を洗ってたら突然「ズン」という鈍い音がした。
あ、これは地震だな、と思った次の瞬間、ものすごい勢いで横揺れが始まった。
どこかでビープ音が鳴りひびいている。
急いで二階のリビングにあがるとテレビでは緊急地震速報の画面が映し出されていた。

遅いよ。

と、ひとりごちる。

幸いなことにシンク横の水切りに置いてた食器がなだれ落ちてきた程度で、それらを片付けてたら落ち着いてきた。
Twitterで無事を報告しようとしたら、なんかレスポンスが悪かったので、まずmixiで無事を報告。
セッション仲間にLINE、無事だとわかる。
親にもLINE、無事だと伝える。
その間にTwitterにも無事を報告。
この様子だとおそらく電車は動かない。
わかってはいたが、一応仕事に出るふりをするため家を出た。

とりあえず最寄りのメトロ駅まで出てみたら、閉鎖されていた。

シャッターに貼られたご案内の紙をスマホで撮る人、あたりに腰かけて状況が変わるのを待つ人、いろんな人がいた。
1995年の阪神淡路大震災のことを思い出していた。
あの時も電車が動かずにバスで職場に向かったな。
今はなんせ無職だから、職場に向かうかどうか悩まなくてもいいけど、そうでなければ会社に行くかどうか悩むんだろうな。
日本人から仕事を取ったら何が残るんだろう。

家に戻っても特に何をするわけでもないので、近くの実家に行ってみることにした。
両親が無事なのはわかっていたが、家の中も特に目立ったダメージもないようでひと安心。
せっかくなので同じ住宅に住む叔母の家にも行ってみることにした。
エレベーターが動かないので8階まで階段で上がることを余儀なくされる。

叔母は無事だったが家の中が想像以上にすごいことになっていた。

地震の瞬間はトイレに行ってて怖かったと言っていたがリビングの方にいたらもっと怖い思いをしてたかも知れない。
結局、3時間ぐらいかかったと思う。

そうこうしてるうちに最寄りのメトロの方は運転再開したらしい。
テレビは地震関連のニュース一色である。当たり前だが。
9才の女の子がブロック塀の下敷きになって亡くなったと聞いた。
80才のおじいさんもブロック塀の下敷きになって亡くなった。
85才のおじいさんも倒れた本棚の下敷きになって亡くなったそうだ。

小学校のブロック塀はすでに違法建築が疑われてた。
神戸の震災の時もあちこちで手抜き工事が露見した。
消防体制など(主に行政側の)不備をつかれて多くの人が犠牲になった。
今回もそうである。
そして、まだ死ななくてもいい人が犠牲になるのである。切ない。

阪急とJRの京都線は夜遅くまで復旧に時間がかかった。
というか、もしかしたら明日までかかるのではないかと思っていたので、ビックリした。
そして、電車が動かない間に会社から歩いて帰る人たちの姿がテレビの映像で流れる。
果たしてこの人たちは仕事になったんだろうか。
働くってなんだろう。

いろいろあったけど、同居人の兄は夜勤に出かけて行き、私は夜にはブログを更新していた。
今は事件や事故のニュースに広がるのも、炎上するのも、ブームになるのも、冷めていくのも、忘れられるのもあっという間の世界に生きている。
どうせならあっという間にすべての人が元どおりの生活が送れるようになってほしい。