いつもはなんとなく

日々のできごと、気になったものごとをゆるゆる書いてるブログです。

参加することに意義がある、という話

こんばんは。
先日Twitter見過ぎて頭が痛くなった ぽんすか星人です。

そうそう、世間はお盆休みですね。
皆様いかがお過ごしですか。
私は相変わらず無職です@全くどうでも話

さて、時おり人間の姿を借りてドラムを叩いてるというのは自己紹介でも触れたのですが、そんなお盆休みの昨日、ジャムセッションてのに参加してきました。

もともと高槻で同様のセッションが行われていて、見に行ったことはあったのですが、今回茨木で初心者向けに第一回目のセッションが行われるというので、ホントに深ーく何も考えずに参加してきました。

一応「初心者向け」とは聞いてたのですが…
もう皆さん、充分上手い人ばっかじゃないですか(汗)
ひるみそうになる心を押さえながら
「うん、これはもう早いうちに出て終わらせた方がいいな」と判断し(笑)、この手のセッションで何とか出来そうな「superstition」をリクエストしてステージに上がりましたとさ。
いやぁ、それにしても緊張しましただ。
多分叩くので精一杯だった気がします。

あとはホストの方々が、それぞれソロの入るタイミングを合図したりとか盛り上げどころとか終わらせ方とかを指示したりとかいと感じでサポートしてくださったりしてました。

まあ、私の演奏はともかくとして、曲がりなりにも楽器を嗜むものとしては、こういうのは参加しないともったいないな、と思うのです。
始めのうちにやっておいたら、また他のナイスな演奏で上書きされていきますし(笑)

こういうのを経験すると、もっと上手くなりたいて思うし、練習しようて思えるし。
しかし、演奏された曲ほとんど知らなかったんで題名聞いただけでイメージ出来るようにしておいた方がいいな、とそこは反省。
次のステップとしては、とりあえず今回やった曲をさらにプラッシュアップさせて、あと短くてもいいからソロも出来るようになりたいな。
それかこの動画みたいに歌いながら叩くか(えっ

あと変な話ですがジャムセッションなのでインスト曲が多いのですが、やっぱり歌モノが好きなんだなぁ、というのも再認識。
スティービーワンダーに助けられました。
歌モノに特化して出るという尖った出方もありかな、と思ってます(笑)

というわけで、ちょっと興味あるけどなかなか…という方はまずはやってみることをお勧めしますよ♪

笑って楽しんで元気になるところから何かが生まれるんだよ

こんばんは。
久しぶりに日本酒を飲んだら微妙に気分が悪くなった ぽんすか星人です。
弱くなってきたのかな…。

さて、もうクソ暑いの一言だったこの週末3連休ですが、15日に「高槻魂」という野外イベントに行ってきました。

この「高槻魂」というイベントはもう5回目てことで、今まで仕事だったり、大阪にいなかったり、どうしても抜けられない用事があったり、去年は最後の最後にやっと駆けつけるという有り様でしたが、今年は途中からではあるものの、しっかり楽しむことができました。

とは言え、高槻といえば先月の地震で相当な被害が出た地域でもあり、自粛ムードてヤツで開催そのものが危うかったらしいです。
(私もちょっと気になってはいましたが)

そんな私も被災地の人間ではないにしても、仕事辞めて収入もないし、親はだんだん弱っていくし、先の希望も見えてない状態で、正直なところ初めはあまり乗り気じゃなかったところもありました。

でも、実際に足を運んでみてエハラマサヒロのプロのモノマネ芸で笑ったり(やっぱりすごかった)、子供たちのダンスでほのぼのしたり、出演したバンドの熱い歌声やパフォーマンスを楽しんだりしてるうちにあっという間に時間は過ぎて、ここ数日のちょっと鬱々した気持ちも少し晴れてきたわけです。

もちろん今大変な人たちに思いをはせるのも大事ですが、こうして笑ったり楽しんだりして元気になるところから何かが生まれるんでないかな、と思いました。
なのでやってくれて本当に嬉しかったし、行って良かったな、て思います。

そう考えると、アーティストとか芸人さんとかパフォーマンスを生業とする人たちてすごいなぁ。

人の心を動かすってなかなか出来ることじゃないもんね。

あのイベントに携わった皆さま、お疲れ様でした。
そして、ありがとうございました。

ジャニス・ジョプリンを聴きながら

こんばんは。
ひと月の間に2回も救急車に呼んだ ぽんすか星人です。
親も高齢になるとなかなか大変です。

その話はおいといて、実は来月またバンドイベントに出るのですが、今度はジャニス・ジョプリンのコピーでがんばります。

ジャニスは好きなシンガーの1人で、「Cry baby」や「Move Over」などはセッションでやったことはあるんですが、
まあ、ムズい。
バラードナンバーとか特にもうスネアの乱れ打ちみたいなところがあって、それがまあドラマチックに聞かせてくれるんですが、そうは言ってもまあムズい(苦笑)
ムズいんですが、やはりこの年代のこういう音が好きなんですね。
ものすごく生のビートを感じるというのでしょうか。

それに少しでも近づけるように拙いながらも今日もひたすら聴き込むわけであります。

そのなかで改めていい曲だなと思ったのが「Get it while you can」。

実は洋楽は雰囲気で聴くタイプなので、どんな歌なのかってのをあまり考えてなかったんですが(汗)、ボーカルの希望でこの曲もやります。
邦題は「愛は生きてるうちに」なんだそうです。
そう、生きてるうちに。
出来るうちに。
つかめるものはつかみなさい。
実際にジャニスは27歳という若さでこの世を去っていることを考えたらこのメッセージをもっと真剣に受け止めないと、ですね。

そう、出来るうちに。

ここ最近の話20180705

こんにちは。
猫まっしぐらならぬ貧乏まっしぐらの ぽんすか星人です。
そういえばネタのない日は日記を書こうなんて言ってたのを思い出したので、書いてみるですよ。


6月29日。

以前発達障害の検査を受けたのですが結果が出たので聞きに行ってきた。
ADHDアスペルガーもはっきりそう言い切れるものではないが数値的にもややその傾向があるようでした。
いわゆるグレーゾーンてやつなんでしょうか。
仕事としてはたくさんの業務をこなすよりもシンプルなもの、環境的には女性ばかりの職場な避けた方がいいとのこと。

前の職場は見事にその逆をやってました。
それはメンタルやられるわ…

また後日きちんとして書面でいただくので、また改めて書こうと思います。


6月29日

ポーランド戦のラスト15分の展開にTLも沸騰しとりましたね。
その時はこんなことをつぶやいておりました。



それは今も変わってないんだけど、あともう一言付け加えるなら、勝負としては正しいんだけれどゲームとしてはやっぱりつまらなかったと思うんだわ。
現地で観戦してたら。
だって定番曲ばっかりのライブってつまらんでしょ?
やっぱりエンターテインメントとしても面白いゲームてのが理想だよね。

それにしてもブーイングも辞さないあの戦略を指揮した西野監督、すごいなぁ
なんて恐ろしい子…(月影先生風に)


7月3日

日本対ベルギー戦。
惜しかったですね。
悔しいですね。
それにしても本当にここまで善戦するとは思ってませんでした。
「負けた」というよりは「勝てなかった」
という感覚ですね。

なんにしてもお疲れ様でした。


7月4日

元職場からの離職票やっと来た!(遅えーよ!)
早速、ハローワーク雇用保険の再開手続きをしてきた(もらいきる前に再就職したから)
しかし、もう2日後には認定日。
と言うわけで来週になっても2日分しか支給されないようです(T-T)
猫まっしぐら、ならぬ貧乏まっしぐらでござる@朝ドラ


朝ドラといえば、6月最終週の展開はなかなか見てて辛かったっす。


裕子がマンガ家やめたり、律が結婚したりという展開の中で秋風先生の存在が癒しだったんですよね〜
これからの展開どうなるか分かりませんが、斎藤工もええ感じですが、密かに嶋田久作さんに注目でございます。

そして今日もうちの猫はかわいいのです。

ではでは。

【読んでみた】「アウシュビッツの歯科医」

こんばんは。
早くも秋風ロスになりつつある ぽんすか星人です。
(朝ドラ見てない人にはわからんですね)

さて、今日は久しぶりの「読んでみた」ネタです。

以前こんな感じで本を一気にまとめ買いしたことがありまして

なかなか手がつけられなかったんですが、今は時間ができたので、この本を読んでみました。ここはその感想です。
ネタバレ的な内容も含まれていますので知りたくない方はまた後日よろしくどうぞ。

この悪夢はいつ終わるのか

内容はアマゾンの内容紹介から

命を救ってくれたのは、
別れぎわに母がわたしに持たせた
歯科治療用の小さな道具箱だった――

1941年、ポーランドの小さな村で暮らしていたユダヤ人の青年が強制収容所へ送られる。
歯科医の勉強を始めて1年目の彼に、母は歯の治療用具箱を持っていくよう強く勧めた。
その箱が、のちのち自分と家族の命を救うことになるとは、そのときは思いもしなかった――
飢餓とシラミに苦しめられた収容所生活、仲間の裏切りと拷問、家族の殺害、非ユダヤ人女性との恋、
収容者の遺体から金歯を抜き、SS司令官オットー・モルを治療する……
機転と知恵を働かせながら、信じがたいほどの試練をかいくぐって奇跡的に生きのびた著者の回顧録

ということです。

これだけ見れば、文字通りの「芸は身を助ける」という話ですが、その彼でもってしても危機はいくつもありました。
出される食事が腐ったカブのスープだったり、別の収容所に移送される際に暑く狭い列車内に詰め込まれて何日間も耐えなければならなかったり、名前ではなく収容者番号で呼ばれるのが当たり前だったりと、人間ではなくモノとして扱ってるのがよくわかります。
平時であれば穏やかな余生を送れていたであろう大学教授が追い込まれて壮絶な最期を迎えるとか、そういう話がいくつも出て来ます。
「この悪夢は一体いつ終わるのか」
過酷な状況に置かれている彼らと同じように、読む側もそんな気持ちにさせられました。
なかなかの長編なのに、ほぼ1日で読み終わってしまったのは、もしかするとそんな気持ちもどこか手伝っていたのかも知れません。

信じるべきは神なのか人なのか

そのなかで読みすすめていくうちに「信ずるべきは神なのか人なのか」て思いがぐるぐる巡ってきました。
彼は父親とともに拘束され、収容所でともにひどい仕打ちを受けます。
信仰心の篤い父親は神の存在を信じ、この悪夢はいつか終わると息子に語っていましたが、粗末な食事と過酷な労働による衰弱のうえ、看守の暴力が追い討ちとなって命を落としてしまいます。
その一方、著者はさまざまな苦難に直面するたびに「神よ、何故あなたは我々にこのような試練を与えるのか」と問いかけ、次第に神を否定していきます。
そんな彼らを支配するナチス側にもさまざな人がいました。独裁者に対して見せかけだけの忠誠を見せる者、元々おだやかな性格の持ち主で内心差別主義に疑問を持つ者など、決して一枚岩ではありませんでした。そんな彼らが歯科医との利害関係や人種と関係ない信頼関係から著者に有利に働きかけたりするなど、神よりもそんな彼らと積極的に関わることによって生きながらえたのはなんだか皮肉でもあります。

しかし、その著者も戦後しだいに信仰心を取り戻し、かつての神への非礼を心から詫びるようになり、のちにユダヤ教徒の娘と結婚して新生活をスタートさせるところで回顧録は終わります。
「わたしは生まれるべき時代も場所も宗教も間違えてしまった(第2章より)」と語っていた著者が結局はその神の教えを捨てなかった。
それはなぜなのか。
その辺りがまだピンと来ないので、今度はその視点から読み直してみるのもいいかも知れません。

と、なんとなく感じたことを綴ってみましたが、訳者の解説にもあるようにホロコーストに対して初めて触れる読み物としては十分いいと思います。

アウシュヴィッツの歯科医

アウシュヴィッツの歯科医

2000年ろしあ旅日記<終> 帰ってきました

こんばんは。ぽんすか星人です。

さて、ぐだぐだ続いてた18年前の旅日記も今日で最終回です。
流れとしてはハバロフスクに着いて、日本に帰って来ましたというだけでございます(笑)
最終回てそんなもんですよね。
てことで、よろしくどうぞ。

2000年8月14日 月曜日 晴れ

午前2時30分に起床。荷物をまとめて空港へ向かう。
《INTERNATIONAL AIRLINE》に入ると、また別の係員に何か話しかけられる。何を聞かれたかわからないけど、とりあえず「ハバロフスク」て答える。そして発着予定のモニターを見る。今度は時間通りに飛びそうだ。

そしてガランとした例のチェックインカウンターへ。1人の男性が座っていた。便名を記したプレートがまだないのでチェックインはまだのようだ。しばらく横のイスに座って待つ事に。その間に2人のお腹がクルクル鳴りまくる(笑)

しばらくしてやっとチェックインの時間が来た。
それを知らせるアナウンスがロシア語と英語で流れる。
何人かの係員に連れられて飛行機に向かう。
搭乗券は便名とコード番号とあと何かが達筆で書かれていて、どこの座席に座るのかわからない。
結局私らはロシア人の乗客の後に乗り込んで、アテンダントに案内される。3人席のうち2人分が空いている。窓際には先客のものらしい荷物があったので中央と通路側に座る。しばらくするとその先客が戻って来たようだ。私らの出現におどろいたのかアテンダントに何か言っている。しばらくして、なぜかその通路側の席に座ることになった。

そして、午前4時25分、飛行機はハバロフスクに向けて離陸。
ちょうど日がのぼって来て、徐々に空が明るくなる。雲の海から広がる赤い光がとってもキレイだ。方向がちがうので太陽が見れないけど、まあこんな光景が見られるのも明け方の便ならではかも。

そのうち機内食が運ばれて来た。さっきの通路側にいたおじさん、私らに飲み物を聞くと一緒にアテンダントにオーダーしてくれた。いい人だ。
レモンティースポンジケーキみたいな物とヨーグルト。考えたら昨日はカフェで簡単にすませたキリなので、おいしくいただく。
夜明けを一通り見たところなので、テーブルを倒してひと寝入りしたりしている間に3時間たち、ハバロフスクに到着。
9時15分すぎぐらいか。
乗客が次々と降りて行った。降りる時も私らは別々なんかな~?と思いながらも、特に誰も何も言ってこないので、一緒に降りるコトに。
バスに乗ってターミナルに向かう。
今度は荷物の引き取りである。
コンベアに荷物がどんどん流れて行くが私らの荷物は来ない。そしてそのままコンベアベルトはストップしてしまった。
あああああ、やられたよ…。

さっそく係のおばちゃんに訴えると、またロシア語で向こうの方をさす。また別の所に行ってるらしい。
とりあえず、外に出て言われた方向に歩き始める。途中、初日に私らが乗ったトロリーバス乗り場にさしかかる。もう少し歩くと国際線ターミナルだ。そこまでいく途中の建物に入ってみる。そこで通りかかった職員らしいおねーちゃんに訴えてみる。しかし、あまり英語が通じないようだ。
もう空港でしょ~が、ココは~(-_-#
それでもなんとかまとわりついて(笑)ある場所に連れてってもらう。日本人の姿もちらほら見えるぞ。
おお、どうやらココが外国人カウンターか?クレームタグを見せたら見慣れた荷物が出てきた。ああ助かった♪
これ、ひょっとして新潟まで乗せてくれるのか、と思って一応聞いてみたが全然そんなことなかった。

荷物をひっぱって国際線ターミナルへ。
新潟行きの飛行機は午後2時10分発なので時間はある。ひとまず駅まで行ってみようということに。そういえばハバロフスクの駅はまだ写真におさめてなかったな。
最初に行った時はまだ「夜」だったから・
トロリーバスに乗って駅へ向かう。ハバロフスクはやはり都会だからか駅の方へ向かう道が車でひきめきあっていた。
まさかロシアで渋滞を目撃するとは思わなかった。

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約30分ほど乗ってハバロフスク駅に到着。
駅舎は今、工事中らしく鉄骨むき出し状態であった。
駅前のデカイ像はレーニンさんかと思ったらちがっていて、ハバロフさんとかいうお方らしい。
この方→エロフェイ・ハバロフ - Wikipedia

そして駅の構内をちょいと散策。こっちの駅はイルクーツク駅とちがってなかなかКасса(切符売り場)が見つからない。どこをどう行ったかわからないうちにКасса発見。いくつか窓口はあったけど、開いているのは1つだけ。金網のような仕切りに窓口のスペースがあるだけだった。思いきってスリュジャンカへ行く途中、見せてもらった例の小冊子の事を聞いてみたが、全然通じなくて断念。う~ん、これは次回の課題にしよう。
そのあとアイスクリームを購入。これがこの旅最後のアイスクリームになるかも。なんだかんだでよく食べてました。
だってホントに暑かったんだもん、ロシア。

しばらく歩くとちょっとした露店の集まりを発見。しかしこの売店のコンテナが裏側から見たらめちゃくちゃピンク一色。
一瞬フーゾク関係かと思った。
日本で見たら、めちゃあやしい通りだわな~(^^; 
ちょっと簡単に見てまわって空港に戻る。

そしてチェックインをすませて税関、出国審査に向かう。
なんといっても相手はロシアだ。
ヨーロッパのようにパスポート見せてオッケーとかいうようなわけにはいかないのだ(所によっては違うんだけど)。
別に何か悪いことしてるわけではないが無事に通れるかどうか、ちょっとばかし、いや、かなり緊張していた。
税関では私らの前にいた日本人男性がキャビアのビンを6コ持ちこんでいて5コ没収されていた。やはりキャビアの持ち出しは厳しいようだ。
私は2日目にハバロフスクの市場で買ったキャビアの残りがある程度だ。いたんでないかそっちが心配である(^^; 
そして私の番になったが、ウォッカアゴルツィの入っていたバッグをあらためられたぐらいである。

出国審査も緊張と心配はよそに、あっけなく通過。
安心して気が抜けたのか、機内に預けるはずのボストンバッグを持って入ってしまい、手荷物検査で『コレハ、アズケテクダサイ。』と日本語で注意される。
さっきの出国審査の横にそのスペースがあったらしい。パスポートを一旦窓口に預けてボストンを機内にあずける。
そして再び手荷物検査と通って、搭乗カウンターへ。

ここまで来てしまうと周りは免税店とちょっとしたバーがあるぐらい。なんだかもうロシアではないみたいだ。
Sちゃんと私の座席を確認する。どうやら席が離れてしまったようだ。新婚カップルでもないし、まあいいかと思い、いよいよ搭乗。
私の席は窓際のはずなんだが、なぜかまん中の席が空いていた。でもとりあえずそこに落ち着く。で、両隣りのロシア人、まったく見ず知らずの他人なのかと思っていたら、お互いよくしゃべっている。知り合いなのか、それとも同じロシア人としてのよしみなのか??? しかも隣に座っていた人はよく上目遣いにギョロっと大きな目でこっちの方をよく見ているのである。コワイよ~~~(T-T)、と思いながら、こんな時に『どうぞ』と言えるボキャブラリーがなかった(涙)
私にロシア語がしゃべれたら…である。

飛行機はほぼ時間通りに新潟に向けて出発。
ああ、さよならロシアである。
最初、新潟でこの飛行機に乗った時はなんてボロいんだ、これでホントに飛ぶのかっ?、と心配したもんだが、今見るととてもこざっぱりした印象である。これって同じ飛行機なんだよな~?とっても不思議な感覚である。

そしてあっと言う間に2時間のフライトを終えて飛行機は無事新潟へ着陸。
ここでまた時計を2時間もどすので、今は午後2時すぎである。2時に出たのに2時に戻ってくるってのもなんか不思議。

新潟も今日は天気がよくて、気温も30℃あるらしい。飛行機から降りたらやっぱし暑い。暑いうえにやっぱり空気がもわっとする。
まだ通路は冷房がきいているので、過ごしやすい。

そして入国審査。後ろからロシア人グループが「マリンケ、マリンケ(小さい、小さい)」って言っているのが聞こえる。
だってここは日本だからね。あんたの国の40分の1やからね。
彼らの目には日本ってどう映るんだろうか・・・。
税関も問題なく通り抜け、到着ロビーに。

思わず言ったセリフが

「やっと帰ってきたよ~~~~~~~っ」

でした(笑)
やっぱし、帰りたかったんだろかっ??


おわり。



てなわけで、ドッタンバッタンしたロシアの旅はこうして何とか終わりを告げたのでした。
いかがでしたでしょうか?
この時の体験がものすごく影響したのか、実はこの後ロシア語を独学でがんばって勉強して、モスクワ、サンクトベテルブルグ、サハリン、イルクーツク(2回目)、モスクワから鈍行日帰り旅、てのをやったりしました。
しかし、この時の旅が一番鮮明に記憶に残っております。
ロシアはなかなか理解しがたい所はいろいろありますが、実際に触れてみると、想像以上に面白い所であります。
もし少しでも興味があれば、ぜひ一度触れてみてほしいと思います。

どうもお付き合いいただきありがとうございます。

Спасибо большое

конец

2000年ろしあ旅日記<11> 帰国までのすったもんだ編 2

おはようございます。
ぽんすか星人です。

さて、今晩はW杯予選リーグ日本対ポーランド戦ですがツイッター見てると、試合会場のあるポルゴグラードが暑くて半端ないそうです。
ポーランド戦の都市ヴォルゴグラードが暑すぎる

ロシアというと夏でも涼しいイメージありますが、暑い時はがっつり暑いです。
ただ日本のように蒸し暑いわけではないので日陰に入ればひんやり涼しいですが、真っ黒に焼けて帰ってきて

「あんた、ほんまにロシア行って来たんか?」

と言われかねませんので、日焼け止め持っていくことをお勧めします。

では前置き長くなりましたが、続きです。
ハバロフスク行きを逃し、仕方なくイルクーツクにもう一日とどまることになった私とSちゃん。あまりにヒマなんで雨の中、街に出ることにしたところからです。
ではよろしくどうぞ。


雨は窓から見るよりはるかに激しかった。
もう台風並みである。
道はまるで洪水のように流れている。

屋根づたいに雨をしのぎながら行くにも限界がある。道を渡ってトロリーバス乗り場のある空港ターミナルに着いたら濡れねずみになってしまった。

前を見ると乗り合いタクシーがいっぱい止まっていたが、どれがどこを通るのかわからないので昨日買って来たイルクーツクの地図を広げてデパートを示してここに行きたいと訴えてみた。すると後部座席を指差してくれた乗るように促してくれた。
とりあえず助かった。

しばらく待つと何人か乗り込んで来た。向いの席に座って来た2人のうちの1人のおっちゃんがロシア語で私らに何か話しかけてくる。お酒も入ってかなりゴキゲンさんである。
「私らロシア語わかれへんねん」と言ってもニコニコ笑ってまだしゃべりかけてくる。
最初はホントに何を言ってるのかわからなかったけれども、聞いてるうちにいくつか知ってる単語が出てくる。

イルクーツクは初めてか?』
バイカル湖は行ったのか?』

どうやらこう聞いてきてるようだ。
私らもカタコトでスリュジャンカとリストビャンカに言ったことは説明したけど、どこまで通じたかわからない。
なんせ「イルクーツク」「リストビャンカ」「スリュジャンカ」の3つしか言ってない。あとは身ぶり手ぶり。
でも、こんな陽気?なロシア人とのやりとりで今朝からのへこみまくった心がいくぶん癒される。

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しばらくして運ちゃんが目的地についたことを知らせてくれた。
降り際に、おっちゃんに「ダ・スビダーニャ(さよなら)」と元気よくお別れの挨拶。

とりあえず傘を買わねば。
かなり寒くなってきたぞ。
ざっと探してみたけど、一番安いので105ルーブルハバロフスクの空港税をキープしておくと、600~700ルーブルほどしか残らないので悩みどころ。そうこうしているうちに衣料品屋でお手頃な雨カッパを発見。結局こちらに決定。

せっかくなので、と1階の食料品店でSちゃんがお土産を買い込むことに。品揃えを見ているとチョコレートが多かった。どこの国でもチョコレートってあるのね。かさばるのとあまり目新しくもないと思ったので買わなかったけど今思えば1つぐらい買っといてもよかったなと後悔。

そのあと隣接してる市場に入る。ここでアゴルツィのビン詰めを2つ購入。ここでバッグ売り場でお買い物袋を1枚購入。おばちゃん手に持っていたアゴルツィのびんを袋に入れてくれた。

2階にのぼる階段があったので上ってみる。どうやら日用雑貨とか衣料品とかのフロアらしい。本物かニセモノかあやしいadidasとかNIKEのシューズとかたくさん売っていた。別の通路ではカフェや酒店がならんでいた。そこでウォッカを購入。一番小さいサイズで33ルーブル。日本円にすると130~140円ぐらい。安い(笑)
日本でよく見かける『ストリチナヤ』もあったけど、サイズがでかいので見送る。

ひととおり巡った後、階段の上からSちゃんが下の市場の様子をカメラにおさめていると下にいた1人の男の子がこっちの方を見ているようだ。
ちょっと躊躇したが、どうやら撮ってほしそうだった。彼女がフィルム交換をしてる時に撮り終えたばかりのフィルムを下に落としてしまった。代わりに私が取りに行くとさっきの男の子が拾ってくれていた。

フィルムを受け取るとそのお父さんらしい陽気な井上順っぽいおじさんが話しかけてきて日本語で「イチ、ニ、サン・・・」と10まで数えてみせた。
どうやらカラテが好きらしい。
私的マーフィーの法則ですが、いわゆる中年層の男性で日本が好きといえば、たいてい空手とか武道が好き。若い子だったらアニメおよびビジュアル系バンドてとこでしょうか。

話がそれた。

そのうちSちゃんも降りてくると、そのおじさん彼女をつかまえて、また「イチ、二、サン…」と披露していた。
おじさんは自分達も撮ってくれよ、という仕草をするのでありがたく家族4人撮らせていただく。
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いつの間にか私らがさっきまでいた階段の上にたたずんでいる彼女の方を指差して撮りなさいと言ってくる。
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そしてそのおじさんにも「バイカルは行ったのか?」と聞かれた。「ダー(うん)」と答えるとうんうんとうなづいていた。やっぱりバイカルはここの人たちの自慢なんだろうな。

公園の噴水
しかし感心したのはこのカッパ。中国製でいかにもすぐやぶれてしまいそうな薄いビニールでできていたので、内心かなりバカにしていたのだが、いざ着てみると雨を防ぐばかりか、ビミョーに温かさも感じる。
濡れない、というのはこんなにも違ってくるものなのか、とちょっとおどろいた。

夕食は数日前5人でランチをとったカフェに入るが、あまりに異様ないでたちにちょっと遠慮して、となりのすいてる方のカフェに。
ガラスケースのなかにモノが並んでいたので、てきとうに指差して注文。ペリメニピロシキ、あと何かサラダのようなプレートとパンで夕食。それとビール。
もう閉店間際だったようで私らが最後の客らしい。まだ20分ほどあるのに店員が何やら片付けはじめる。
そして5分前には出口に案内された(汗)一応、食べ終わってるのを見計らっていたようだが。
ホントに時間きっかりに閉めるようだ。*1

そこのカフェを出た後、Sちゃんの現金引き出し&両替えのためにインツーリスト・ホテルへ。もう何度目だろうか。
今日は泊まるホテルも違うので、違う道を行く。途中にまたキレイな建物が立ち並んでいたりする。突き当たりにいくと何かの碑が建っていた。Sちゃん曰く、あれは“オベリスク”なんだそうだ。その手前の建物は『郷土誌博物館歴史部』なるものらしい。思わぬところで観光スポットも見れて、ちょっと得した気分。
彼女の両替を待っている間、雨でずたボロになったイルクーツクの地図を買い直す。
両替をすませた所で再び2階のみやげもの屋に。彼女はどうも45ルーブルのバイカルTシャツが気になるらしい。1番お気に入りのシカと熊のデザインの分はLサイズしかないので、しかたなく別のデザインのものを購入。私も別のデザインを寝巻き代わりに購入。あと自分へのおみやげ用に絵はがき3枚を購入。

用事もすませたのでホテルにもどることに。ここからだと2番のトロリーバスが空港まで行くらしいが30分おきらしい。しかし待ち切れないので、とりあえず駅まで出てどれか別に空港へ行くヤツがあれば、それに乗りかえることに決める。
しばらくして駅に到着。雨もほぼあがっていて安心した。思ったほどバスはなく、白タクが並んでるのと何台か乗り合いタクシーが停まってるくらいだった。
その乗り合いタクシーの1台をつかまえて運転手に「アエロポルト?(空港?)」て聞くと「これじゃなくって20番のヤツに乗りな」と教えてくれた。
辺りをよく見たら全部16番のタクシーだった。それでも待ってるうちに20番のタクシーがやって来たので、それに乗り込む。
最初はびっしりつまっていたが、ぱらぱらと降り出して、空港に着く頃には私らぐらいになっていた。
だいたい20~30分ぐらい乗って空港に到着。いくらなんでもこのまま夜を明かしたら絶対に風邪を引くぞ。めんどくさいが預けた荷物を引き取りにいくことにした。

《INTERNATIONAL AIRLINE》に戻ると、いろいろお世話になったおばちゃん係員がいたので、事情を話して荷物を引き取らせてもらいホテルに戻る。
濡れた服をとっとと脱いでシャワーをあびる。ホテル自体はボロいがお湯がでるので助かった。ひとまず冷えた体をあたためる。
明日は朝の3時には空港には向かわないといけない。アラームを午前2時30分に設定してもらって午後10時30分頃、横になる。
なんせボロい所なので、外の足音とか話し声やらがよく聞こえる。この人たちはもう出発するんだろうか。

それにしても今日はえらい1日であった。
今日、街中を歩いていたら、つくづく小さい時の光景に雰囲気が似てると思った。 そういえば雨ってそんなにキライではなかったのだ(あれだけヒドイのはゴメンだけど)泥まじりの水たまりなんていつの間に見なくなったんだろう。
なんだかホントに20年前にいるみたいな気分だった。じゃあ20年後は日本みたいになるのか?と考えるが、それはまた違う気がする。ロシアにはまだまだ大きな自然があって、大地があって、歴史があって、文化があって、人がいる。きっと日本とは違う姿を見せてくれると信じている。

そんなロシアともホントに明日でお別れである。
エンドーくんはもうウランバートルに着いただろうか?
中村くんは今はどこにいるんだろうか?
タイチくんは無事にモスクワについたんだろうか。

次回いよいよ最終回です。

*1:ちなみに数年後、ロシアに行った時に入国審査を待っていたら職員の終業時間が来たので、その列に並んでいた私はとなりの列に並び直されるということもありました。